その土地あの土地 その3
一九六三年まで、伊豆半島は基本的にはまだ農業と漁業の地でした。
熱海から下田へと海岸ぞいの道をゆくのは、車のワダチのあとにはまったり、穴に落ちこんだりする冒険だったが、気持ちはよかった。
下田を見おろす丘の上のよい土地が坪五千円ないし八千円で買え、買い手もあまりいなかった。
下田東急ホテルが六五年にオープンしたころ、そんなところでホテルを始めるのは全く無謀だとさえ考えられた。
たいていの行楽客は北方の熱海に集まっていました。
熱海はそのころでも、コニー・アイランドの山腹版にマイアミ・ビーチを合わせたようなとところでした。
旅行客はまた川端康成の有名な踊り子の道をたどり、半島の中央を南下していました。
そこでは有名な温泉が古典的な宿屋を点々と生み出し、それらは高い松の美しい林に沿って、山腹にいくつもの階を伸ばしていました。